長野県軽井沢町、浅間山の麓に広がる避暑地。この地には、フランク・ロイド・ライトの弟子にして、日本のモダニズム建築の開拓者であるアントニン・レイモンド(Antonin Raymond)が手がけた傑作建築が二つ佇んでいる。軽井沢聖パウロカトリック教会とペイネ美術館。戦後の日本建築を形作った巨匠の思想が凝縮された二つの建物を巡る旅へ、あなたもいざなわれることになるであろう。
アントニン・レイモンド、日本のモダニズムを構想した建築家
軽井沢の両建築を語る前に、設計者アントニン・レイモンドについて触れておかねばならない。1888年、ニューヨーク生まれの彼は、建築史上最高の巨匠フランク・ロイド・ライトのもとで修行を積み、帝国ホテルの設計に携わった。その後、独立して軽井沢を含む日本各地で数々の名作を手がけ、戦後のモダニズム建築に多大な影響を与えることになるのである。

レイモンド建築の特徴は、西洋モダニズムと日本的な空間性の融合にある。コンクリートやスチールといった近代建築の素材を駆使しながらも、日本の風土や建築文化を深く理解し、敬意を払うという設計姿勢が一貫して貫かれているのである。軽井沢の二つの建物は、その思想が最も結実した傑作たちなのである。
レイモンドは1908年に日本に初めて訪れ、その後の人生の大半を日本で過ごすことになる。帝国ホテル竣工後の1920年代から、独立して東京や軽井沢で数々の住宅や公共建築を手がけてきたのである。彼の建築活動は、単なる西洋建築の輸入ではなく、日本の伝統建築から学びながら、モダニズムと融合させるという非常にユニークな立場を貫いていたのである。

特に注目すべきは、レイモンドが日本の自然観、特に庭園文化への深い理解を持っていたことである。借景という概念を近代建築に取り入れ、建築と周辺環境を一体として捉える設計手法は、彼独自のものであり、後の日本建築界に大きな影響を与えたのである。軽井沢という豊かな自然環境に恵まれた土地は、このようなレイモンドの建築思想を最も効果的に表現する場所となったのである。
軽井沢聖パウロカトリック教会〜信仰と建築の神聖な邂逅
軽井沢の中心部から車で約10分、緑深い木立に囲まれた丘の上に、白く輝く教会が姿を現す。軽井沢聖パウロカトリック教会である。1935年、アントニン・レイモンドにより設計・施工された、日本を代表するモダニズム教会建築となっている。
外観は、潔くそぎ落とされたコンクリートの白壁と、シャープに切り込まれた開口部で構成されている。幾何学的な構成はいたってシンプルながら、周囲の自然景観との対話を生み出しているのである。木々に囲まれた敷地では、白いコンクリート壁が山の緑と強烈なコントラストを描き、訪問者の目を釘付けにする。特に季節の移ろいの中で、秋の紅葉時期には、赤く染まった樹木と白い壁のコンビネーションが一層映えるようになるのである。
建築内部に一歩足を踏み入れると、その秘密が明かされる。天井に向かって立ち上がる白いコンクリートの壁面は、上部に細く切られた開口部から光を取り込み、柔らかく拡散する光が礼拝空間全体を満たしているのである。十字架を囲むようにシンプルに配置された祭壇と、その背後の光。極限まで削ぎ落とされた設計の中に、精神的な深さと神聖性が生まれている。
この照明計画はレイモンド建築の特徴をよく示すものである。人工的に神の光を演出するのではなく、自然光を巧みに導き、時間とともに変化する光と影の表情を通じて、信仰者に直接的な感動をもたらすという意図が明確に感じられるのである。施工は小松組が担当し、1930年代の日本における高度なコンクリート造技術が駆使されているのである。
教会内部の構造は、3本の太い梁で支える極めてシンプルな構成になっている。これにより、祭壇から礼拝者まで、視覚的な一体性が確保されているのである。また、側壁に設けられた小さな十字形の開口部からは、絶妙な位置から外部の自然が切り取られており、礼拝空間にいながら季節の移ろいを感じることができる工夫が凝らされているのである。
壁面はコンクリートの打ち放し仕上げで、経年とともに風化し、時間の経過を物理的に表現している。この風化さえも、設計者レイモンドが予見していたものであり、建築は完成時点ではなく、時間とともに成長していくという現代建築の重要なコンセプトが体現されているのである。
戦後、このモダニズム教会は、軽井沢における避暑地建築の象徴として多くの建築家に影響を与えた。現在も現役の教会として機能し、年間を通じてミサが行われている。結婚式や葬儀などの儀式の場として、信仰者たちによって大切に守られ続けているのである。

教会の敷地は約2000平方メートルで、建物周囲には参道が設けられており、徒歩による巡行も可能になっている。春の新緑から秋の紅葉、冬の雪景色まで、四季折々の表情を見せてくれる。特に初夏の新緑の季節と、秋の紅葉の季節は、白いコンクリート壁との色彩対比が最も美しいタイミングとなるのである。
アクセスと駐車場情報:JR中軽井沢駅から車で約5分、軽井沢駅からでも約10分圏内にある。敷地内に約30台の駐車スペースが用意されており、駐車場情報は教会事務所(電話0267-46-3013)に問い合わせることができる。見学の際は事前に連絡すると、ミサの時間帯を避けた見学が可能になるため確実である。
ペイネ美術館〜自然と人工の境界線を消す建築
軽井沢聖パウロカトリック教会から車で南へ約15分、塩沢地区へと進むと、もう一つのレイモンド傑作が現れる。ペイネ美術館(正式名:レイモンド・ペイネ美術館)である。フランスの画家レイモンド・ペイネの作品を収蔵するこの美術館は、1982年にアントニン・レイモンド自身が設計した最晩年の傑作となっているのである。

ペイネ美術館の建築的な最大の特徴は、その「開放性」にある。館内の各室はガラス張りの壁で周囲の自然に向かって大きく開かれており、展示空間にいながら、四季折々の浅間山や周囲の雑木林の表情が常に視野に入るという設計になっているのである。これは単なる風景の取り込みではなく、建築と自然の完全な同化を目指したレイモンドの思想が明確に表れているのである。
館内を歩みを進めると、廊下から見える景観が次々と変わっていく。レイモンドは精密な計画のもと、どの位置からどの景観が最も美しく見えるかを計算し、ガラス開口部のサイズと位置を決定したのである。これは単なる「借景」ではなく、建築と風景の相互作用による新しい空間体験の創出であり、訪問者に新鮮な感動をもたらすのである。

1982年という年号が示すように、ペイネ美術館はレイモンド晩年の作品である。長年の建築経験の中で磨かれた感覚と、加齢とともに深まった自然への洞察が、この建物に凝集しているのである。可視化されたコンクリートの打ち放し仕上げは経年変化とともに風合いを深め、時間そのものが建築の表現に組み込まれているという設計哲学が実践されているのである。
建物全体は南北に長い構成となっており、訪問者は建物を貫く軸線に沿って移動することで、自然の変化を時系列で体験できるようになっている。朝の光と昼間の光、そして夕方の光。季節ごとの光の質の変化を、ガラス張りの空間を通じて直感的に感じることができるのである。
展示室の天井高は3.8メートルに統一されており、人間スケールを基準とした空間設計がなされている。大きすぎず、小さすぎず、訪問者が自然と緊張感を持ちながらも、くつろぎを感じられる高さが厳密に計算されているのである。これはレイモンドが長年の実践を通じて獲得した、空間スケール計画の究極の表現といえるであろう。
館内には階段が3箇所設けられており、建物のどこからでも上下階への移動が可能になっている。このような複数ルートの設置は、来館者に選択の自由をもたらし、決められた順路に従う強制性を排除するという、ヒューマニスティックな設計思想を反映しているのである。
ペイネ美術館は、単なる展示施設ではなく、美術作品と自然と人間が共鳴する空間として機能している。画家ペイネの優雅で愛らしい作風と、建築者レイモンドの厳密で知的な設計姿勢が、見事に調和しているのである。
ペイネ美術館は軽井沢タリアセン内に位置している。軽井沢タリアセンは、豊かな自然に囲まれた複合施設であり、他の展示施設や庭園と一体となった空間を形成しているのである。アクセスと駐車場情報:軽井沢駅から車で約20分、塩沢地区の広大な敷地内に佇んでいる。駐車場はタリアセンの駐車場を利用でき、乗用車約80台の収容が可能になっているのである。館への進入路は新鮮な空気を吸いながら進む林間道路となっており、建築へのアプローチからして非日常的な体験が始まるのである。


特に留意すべき点として、ペイネ美術館内部は写真撮影が禁止されている。建築内部の美しさをカメラに収めたいという衝動に駆られるであろうが、館内に一歩入れば、その禁制さえも建築体験の重要な要素であることに気づくであろう。撮影不可という制約の中で、訪問者は建築と真摯に対峙し、自らの眼差しと身体で空間を体験せざるを得ない。これもまた、レイモンドが構想した建築との向き合い方なのである。館の外観や敷地内の風景は撮影可能であるため、その点は安心していただきたい。
二つの建築の対比を通じた設計思想の変遷
軽井沢の二つのレイモンド建築を比較することで、建築家としての彼の思想がいかに進化していったかが明確に見えてくるのである。1935年の聖パウロカトリック教会は、モダニズムの禁欲的で幾何学的な側面を強調する設計となっている。一方、1982年のペイネ美術館は、自然との有機的な関係性を最優先する設計哲学が貫かれているのである。
この半世紀近い時間差の中で、レイモンドの建築観がいかに変わっていったかを体験することは、建築学を学ぶ上で非常に貴重な経験となるのである。若き日のレイモンドがフランク・ロイド・ライトから受け継いだモダニズムの厳密性と、老年のレイモンドが獲得した自然との共生という思想。この二つの極を同じ場所で比較できる機会は、実は世界的に見ても非常に珍しいのである。
聖パウロカトリック教会の白いコンクリート壁は、人間が自然に対抗するという近代建築の基本的な立場を示しているのである。一方、ペイネ美術館のガラス壁は、人間と自然の一体化を目指すという、より成熟した建築観を示しているのである。この思想的な転換点を歩みながら体験することで、訪問者は建築というものが、単なる美的な対象ではなく、人生観や自然観の表現であることを深く理解できるようになるのである。
建築旅の実践的ガイダンス
二つの建物は同じ軽井沢町内にありながら、距離にして約20km離れており、車での移動が前提となる。以下が推奨される巡見順序である。
軽井沢駅からの場合、まずは聖パウロカトリック教会を訪問するのが効率的である。駅から約10分で到着し、30台の駐車スペースが利用できるのである。その後、南下してペイネ美術館へ向かうという流れが移動距離を最小化できるのである。中軽井沢駅利用の場合は逆順でも良いであろう。
両建物とも通年公開されているが、ペイネ美術館は月曜日休館(祝日の場合は翌日)となっているため、事前確認が重要である。聖パウロカトリック教会もミサの時間帯を避けた見学が望ましいであろう。冬季は荒天時の来訪を避け、秋の紅葉期か春の新緑期の訪問がもっとも美しい体験をもたらしてくれるはずである。
訪問の際の留意事項としては、両建築ともまだ現役施設として機能しているということである。聖パウロカトリック教会は現役の教会であり、ペイネ美術館も来館者との共存を前提に運営されているのである。静寂と敬意を持った見学態度が求められるのである。
所要時間としては、聖パウロカトリック教会で約30分から1時間、ペイネ美術館で1時間から1時間半を見込むと良いであろう。両施設をゆっくり巡った場合の総所要時間は、移動時間を含めて約4時間から5時間となるのである。
季節ごとの見学の魅力
軽井沢の建築を訪問する場合、季節による表情の違いが非常に大きいという特徴がある。各季節の特徴を以下にご紹介する。
春の新緑期(5月から6月)は、周囲の樹木が芽吹き、白いコンクリート壁との対比が最も鮮烈になる季節である。聖パウロカトリック教会の周囲は緑に包まれ、教会のシンプルな形態がより一層引き立つようになるのである。
夏の季節(7月から8月)は、避暑地軽井沢の本来の役割が活躍する季節である。涼しい気候の中での建築巡行は非常に快適である。ペイネ美術館のガラス壁から見える雑木林の深い緑は、訪問者に深い落ち着きをもたらすのである。
秋の季節(9月から10月)は、軽井沢が最も美しい季節とされている。赤く染まった樹木と白いコンクリート壁のコンビネーションは、撮影の対象としても最高峰の美しさを誇るのである。
冬の季節(11月から2月)は、訪問者が少なくなり、静寂に包まれた建築を体験できる時期である。雪景色の中の白いコンクリート壁は、まさに周囲と一体化し、建築と自然の境界線が消えるという体験が可能になるのである。
戦後建築遺産としてのレイモンド建築の価値
アントニン・レイモンドは、1908年から1976年の長寿を全うするまで、日本の建築界の最前線で活動し続けたのである。初期のモダニズム建築から後期の自然との融合を目指す建築まで、その仕事の幅は広く、質は高いのである。軽井沢の二つの建物は、レイモンドの思想進化の両側面を示す傑作なのである。聖パウロカトリック教会に見られる幾何学的で禁欲的なモダニズムと、ペイネ美術館に見られる自然との有機的な融合。この二つの建築を対置させて見ることで、戦後日本のモダニズム建築がいかなる道程を歩んできたのかが、鮮烈に浮かび上がるのである。
建築遺産としての価値だけでなく、これらの建物は文化的資産としても極めて重要である。日本の建築界が西洋のモダニズムをいかに消化し、独自の表現へと昇華させていったのか。その過程を物理的に体験できる存在なのである。
21世紀の今、急速な都市化の中で失われていく建築遺産は数知れない。だが軽井沢のこの二つの建物は、いまもなお完全な形で保存され、一般に公開されているのである。建築に関心を持つすべての人にとって、これは貴重な遺産であり、同時に訪問すべき目的地なのである。
情報一覧
軽井沢聖パウロカトリック教会
- 所在地:〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢179
- 設計者:アントニン・レイモンド
- 施工者:小松組
- 設計・竣工年:1935年
- 構造:鉄筋コンクリート造
- 床面積:約280平方メートル
- 公開:通年(ミサ時間を除く)
- 駐車場:約30台
- 問い合わせ:0267-46-3013
- アクセス:JR軽井沢駅から車で約10分、JR中軽井沢駅から車で約5分
- 入場料:無料(ただし献金をお願いされる場合があります)
ペイネ美術館(レイモンド・ペイネ美術館)
- 所在地:〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町長倉217 軽井沢タリアセン内
- 設計者:アントニン・レイモンド
- 開館年:1982年
- 構造:鉄筋コンクリート造
- 床面積:約2000平方メートル
- 公開:通年(月曜日休館、祝日の場合は翌日)
- 開館時間:9時から17時(季節により変更あり)
- 駐車場:約80台(タリアセン共有)
- 問い合わせ:0267-46-5891
- アクセス:JR軽井沢駅から車で約20分
- 入場料:軽井沢タリアセン入園料を含めて1100円
- 撮影:館内撮影禁止(外観・敷地内は撮影可能)
最後に、建築が好きなあなたへ。次の休日の目的地は、軽井沢の空で決まりではないであろうか。モダニズムの巨匠が遺した傑作と、時間をかけて対話する経験は、必ずあなたの建築観を深くしてくれるはずである。白いコンクリート壁と緑の樹木、そしてガラス壁を通じた自然との一体感。軽井沢のアントニン・レイモンド建築は、そうした多くの感動と学びをもたらす、まさに現代への処方箋となっているのである。


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