抜けるような青空と共に始まったロンドンの旅
「イギリスといえば雨」という固定観念を軽やかに裏切る、見事な晴天に恵まれたロンドン滞在1日目。雲一つない青空が、石造りの重厚な建築群を美しく照らし出している。この幸運な天候の下、千年を超える歴史が刻まれた建築物たちとの対話が始まった。
セントポール大聖堂 〜バロック建築の頂点を仰ぐ〜
朝一番に向かったのは、ロンドンの象徴ともいえるセントポール大聖堂。設計者クリストファー・レン卿の代表作として、1675年から35年の歳月をかけて完成されたこの大聖堂は、イギリス・バロック建築の最高峰と称される。

正面ファサードに立つと、その圧倒的な存在感に息を呑む。中央に聳える巨大なドームは直径34メートル、高さは地上から111メートルに達し、ローマのサン・ピエトロ大聖堂に次ぐ規模を誇る。このドームの構造は建築史上画期的で、内ドーム、中間ドーム、外ドームの三重構造により、内部の美しさと外観の壮大さを両立させている。

ポートランド石で築かれた外壁は、歳月を経てなお白く美しく、青空とのコントラストが実に見事だ。西正面の二本の塔は高さ65メートルを誇り、左側には時計、右側には鐘楼が配されている。古典主義の厳格な秩序の中に、バロックの動的な表現が巧みに織り込まれた傑作である。

テートモダン 〜産業建築の華麗なる転身〜
午後は、テムズ川南岸へ足を向けた。かつてバンクサイド発電所として稼働していた巨大なレンガ造りの建物が、現代アートの殿堂として見事に蘇ったテートモダン。建築家ジル・スコット率いるヘルツォーク&ド・ムーロンによる改修は、産業建築再生の模範例として世界的に評価されている。

1947年から1981年まで発電所として機能していた建物の骨格をそのまま活かし、巨大なタービンホールは吹き抜けの展示空間として生まれ変わった。高さ35メートルの天井を支える鉄骨フレームワークがそのまま残され、産業建築特有の力強さと現代アートの前衛性が見事に調和している。

外観で最も印象的なのは、中央に聳える煙突である。高さ99メートルのこの巨大な煙突は、セントポール大聖堂への敬意として、大聖堂のドームより低く抑えられている。夕日に照らされたその姿は、ロンドンの新旧が共存する象徴的な風景を作り出している。

ロンドン塔 〜千年の歴史が眠る要塞宮殿〜
テムズ川を東へ進むと、威厳に満ちたロンドン塔が姿を現す。1066年のノルマン・コンクエスト後、ウィリアム1世によって建設が始まったこの要塞は、王宮、要塞、監獄、処刑場、宝物庫と、様々な顔を持つ歴史の証人である。

中央に聳える「ホワイト・タワー」は、ノルマン建築の傑作として知られる。高さ27メートル、壁の厚さは最大で4.6メートルという堅固な造りで、カーン産の白い石灰岩で築かれたことからその名が付いた。四隅に配された砲塔と、シンプルながら力強いロマネスク様式のアーチは、征服王朝の権威を示す象徴として千年近く屹立し続けている。

周囲を取り囲む城壁と13の塔は、時代を経るごとに増築され、現在見る姿は主に13世紀のエドワード1世時代に完成されたものだ。各塔にはそれぞれ血なまぐさい歴史が刻まれており、「血塔」では幼いエドワード5世とリチャード王子が消息を絶ったとされる。

タワーブリッジ 〜ヴィクトリア朝技術の結晶〜
ロンドン塔から歩いてすぐ、テムズ川に架かる優美な姿を見せるのがタワーブリッジだ。1894年に完成したこの跳ね橋は、ネオゴシック様式の装飾に包まれた最新技術の結晶として、ヴィクトリア朝の技術力と美意識を象徴している。

設計者ホレス・ジョーンズとジョン・ウルフ・バリーは、機能美と装飾美の完璧な融合を実現した。橋脚の高さは65メートルに達し、ゴシック・リヴァイヴァル様式の華麗な装飾が施されている。コーンウォール産の花崗岩とポートランド石で築かれた外観は、中世の城砦を思わせる重厚さを持ちながら、19世紀末の工業技術が生み出した精密な機械美を内包している。

跳開部分の重量は各々1,000トンを超えるが、蒸気機関による油圧システムにより、わずか90秒で90度まで開くことができる。晴天に恵まれた今日、青空を背景に佇むその姿は、産業革命期イギリスの技術力と審美眼の高さを物語っている。

グリニッジ天文台 〜世界標準時の聖地〜
1日の締めくくりは、テムズ川を船で下り、グリニッジへ。丘の上に建つ王立天文台は、1675年に国王チャールズ2世の命により、クリストファー・レンの設計で建設された。世界標準時グリニッジ標準時(GMT)の発祥地として、また経度0度の基準点として、この小さな建物は全世界に影響を与え続けている。

フラムスティード・ハウスと呼ばれる主建物は、典型的な17世紀イギリス建築の特徴を示している。赤レンガ造りの端正な外観に、白い石材で縁取られた窓が整然と並ぶ。屋上の時報球(タイム・ボール)は1833年から毎日午後1時に落下し、テムズ川を行き交う船舶に正確な時刻を知らせ続けている。

建物内部には、18世紀から19世紀にかけて活躍した精密天体観測機器が展示されており、人類の宇宙認識の発展を物語っている。中でも、1725年に設置されたブラッドリー子午環は、精度の高い星の位置測定を可能にし、近代天文学の発展に大きく貢献した。

晴天に恵まれた建築巡りを振り返って
イギリスらしからぬ見事な晴天に恵まれた1日目は、ロンドンの建築史を時代順に辿る充実した旅となった。ノルマン朝から現代まで、各時代の建築様式と技術力、そして歴史の重みを肌で感じることができた。
バロックの荘厳さ、産業建築の力強さ、中世要塞の威厳、ヴィクトリア朝の技術美、そして科学の殿堂としての気品。それぞれが青空の下で異なる表情を見せ、千年を超えるロンドンの歴史の厚みを物語っている。
明日は2日目、新たな建築との出会いが待っている。
今回訪れた建造物
セントポール大聖堂 St. Paul’s Churchyard, London EC4M 8AD イギリス
テート・モダン Bankside, London SE1 9TG イギリス
ロンドン塔 London EC3N 4AB イギリス
タワー・ブリッジ Tower Bridge Rd, London SE1 2UP イギリス
グリニッジ天文台 Blackheath Ave, London SE10 8XJ イギリス
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