関門海峡の潮風を感じながら、今日は北九州市門司港レトロ地区を訪れました。戦前は貿易港として栄え、神戸、横浜と並んで日本三大港に数えられたこの街には、明治から昭和初期にかけて建てられた貴重な洋風建築が点在しています。建築好きの心を躍らせる歴史的建造物を巡る散策は、まさに時代を遡る旅のようでした。
重要文化財指定の駅舎美 JR門司港駅
散策の起点となる門司港駅は、現役の駅舎で重要文化財指定を受けているのは当駅と東京駅丸の内駅舎のみという、極めて貴重な建築物です。大正3年(1914年)に完成したこの駅舎は、ドイツ人技師ヘルマン・ルムシュッテルの監修によるもので、ネオ・ルネッサンス様式の木造2階建て構造を採用しています。

2019年に創建時の姿に復原された駅舎は、左右対称の美しいファサードと中央のドーマー窓が印象的です。かつて関門トンネルが開通するまで九州の鉄道の玄関口として機能し、対岸の下関駅との関門連絡船で賑わった往時の面影を今に伝えています。建築的な見どころは、細部に施された装飾的な意匠と、当時の最新技術を駆使した構造美にあります。

八角形の塔屋が象徴的 旧大阪商船ビル
駅から海岸線に沿って歩くと、八角形の塔屋が目印の旧大阪商船ビルが姿を現します。大正六年(1917)に建てられた大阪商船門司支店を修復したこの建物は、オレンジ色タイルと白い石の帯が調和したデザインの外観が特徴的です。

当時門司港からは一ヶ月の間に台湾、中国、インド、欧州へ60隻もの客船が出航していましたという国際港の拠点として、1階は待合室、2階はオフィスとして使用され、外国へ胸躍らせて旅立つ人々で賑わっていたとされています。現在は1階にわたせせいぞうギャラリーが入り、門司港の新たな文化拠点として活用されています。建築的には、ドイツ建築の影響を受けた重厚な外観と、機能性を重視した合理的な平面計画が見どころです。
妻木頼黄指導による傑作 旧門司税関
1912(明治45)年築の「旧門司税関」は、旧横浜正金銀行本店などの設計を数多く手がけた明治建築界の三大巨匠の一人、建築家・妻木頼黄(つまきよりなか)指導により設計された貴重な建築物です。明治42年(1909)に門司税関が発足したのを契機に、明治45年(1912)に煉瓦造り瓦葺2階建構造で建設されたこの庁舎は、ルネサンス様式をベースとした設計が採用されています。

建物の外観は、外壁の赤煉瓦や御影石を用いた重厚な構成が印象的で、妻木頼黄の設計思想である西欧建築様式の巧みな日本化が随所に見られます。昭和初期までは、税関庁舎として使用されていましたが、現在は門司税関広報展示室として活用され、貴賓室で実際に使用されていた壮麗なシャンデリアなどの当時の設えが残されています。
国際友好の象徴 大連友好記念館
散策の最後に訪れた大連友好記念館は、建築史的に極めて興味深い建物です。ロシア帝国が明治三十五年(1902)大連市に建築した東清鉄道汽船事務所を、そっくり複製し建築されたもので、友好都市締結15周年を記念して建てられました。

明治35年(1902)にロシア帝国が大連市に建築した「東清鉄道汽船事務所」を忠実に複製したものという、極めて珍しい複製建築の事例として貴重です。赤レンガ造りの3階建て建物は、当時の建築様式を感じさせる煙突や屋根の意匠が特徴的で、帝政ロシア時代の建築技術と美意識を現代に伝えています。
まとめ 門司港レトロが語る建築史
門司港レトロ地区の建築群は、明治から大正にかけての日本の近代化過程を物語る貴重な遺産です。ドイツ人技師の指導による門司港駅、明治建築界の巨匠・妻木頼黄が関わった旧門司税関、そして国際的な海運会社の拠点だった旧大阪商船ビル。これらの建築物は、それぞれ異なる設計思想と技術的背景を持ちながら、門司港という国際貿易港の繁栄を支えた歴史を今に伝えています。
国土交通省の都市景観100選、土木学会デザイン賞2001最優秀賞を受賞しているこの地区は、単なる観光地ではなく、日本の近代建築史を学ぶ上で欠かせない生きた教材といえるでしょう。関門海峡の絶景とともに味わう歴史的建築群の魅力は、建築愛好家なら一度は体験すべき価値があります。


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