明治の名工が遺した煉瓦の島 〜猿島要塞建築探訪記〜

神奈川

横須賀中央駅から徒歩15分の三笠桟橋。連絡船に揺られること約10分、東京湾に浮かぶ無人島「猿島」に足を踏み入れた瞬間、目の前に広がったのは現代とは思えない幻想的な風景でした。うっそうと茂るタブの森の中に、赤褐色の煉瓦建造物が苔むしながらも威厳を保って佇んでいます。

上原勇作が手がけた東京湾防衛の要

猿島要塞の設計・施工は、陸軍臨時建築署が担当し、そこで技術主任であった上原勇作陸軍工兵大尉(後の元帥陸軍大将)が中心となって進められました。1880(明治13)年に着工し、1884(明治17)年6月30日に竣工したこの要塞は、東京湾防衛の要として重要な役割を担いました。

砲台跡

上原勇作は薩摩藩出身の軍人で、後に陸軍大臣、参謀総長を歴任した人物です。工兵科出身らしく技術への造詣が深く、猿島要塞の建設では当時最新の軍事建築技術を投入しました。完成まで4年の歳月をかけ、戦備完了は1895(明治28)年4月1日となったこの要塞は、日本の近代軍事建築史上でも特筆すべき存在です。

フランス積み煉瓦の希少な遺構

建築的な見どころは、何と言っても日本国では数少ないフランドル積みが見られる煉瓦建造物群です。一般的な日本の煉瓦建築では「イギリス積み」が主流でしたが、猿島では「フランス積み(フランドル積み)」という特殊な積み方が採用されています。

使用された煉瓦は愛知県の東洋組士族就産所で製造されたもので、品質の高い赤煉瓦を使用しています。興味深いのは、当時の煉瓦は素材や焼成温度が均一でなかったため、結果として色とりどりの煉瓦が積まれて現代に残りている点です。この技術的制約が、現在では逆に美しい表情を生み出しています。

現存する稀少な建築遺産

フランス積のれんが建造物は、もともと数が少なかったこともあり、この要塞跡も含めて、全国で4件(「富岡製糸場(明治初期)」、「米海軍横須賀基地内倉庫(時期不詳)」「猿島要塞(明治中期)」しか現存していない極めて希少な建築技法の遺構です。

島内を歩くと、レンガのトンネルがいくつも残されており、切通しと呼ばれる要塞の通路や、猿島に残る5つの砲台とともに、観測所として造られた展望台など、当時の軍事建築の全貌を体感できます。

自然と建築の美しい共生

約140年の歳月を経た現在、要塞建築は自然に侵食されながらも、その姿を保ち続けています。煉瓦の隙間から生える緑、苔に覆われた壁面、木漏れ日が差し込むトンネル内部は、まさに「天空の城ラピュタ」を彷彿とさせる幻想的な空間を作り出しています。

2015年に近代軍事施設として初めて「国史跡」に指定され、「日本遺産」にも指定されているこの貴重な建築遺産は、明治期の建築技術の粋を今に伝える貴重な存在です。

アクセスと見学のポイント

京急横須賀中央駅から三笠桟橋まで徒歩15分、そこから連絡船で約10分という手軽さも魅力です。島内は徒歩で回ることができ、建築好きなら半日はゆっくりと見学できます。特に午前中の柔らかい光がトンネル内に差し込む時間帯がおすすめです。

現代の高層建築に慣れた目には新鮮な、人の手による丁寧な煉瓦積みの技術と、140年という時の重みを感じられる猿島。建築を愛する者にとって、一度は訪れるべき聖地のような場所でした。

今回訪れた建造物

猿島 〒238-0019 神奈川県横須賀市猿島

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