福岡県太宰府市、西鉄太宰府駅から徒歩約5分。参道を抜けた先に、約1100年の歴史を誇る学問の神様・菅原道真公を祀る太宰府天満宮が佇んでいる。現在、国の重要文化財である御本殿は124年ぶりの大改修中。その改修期間限定で本殿前に出現した建築家・藤本壮介による「仮殿」は、伝統と現代が交差する稀有な建築空間として注目を集めている。
小早川隆景が再建した桃山建築の傑作
太宰府天満宮の創建は延喜19年(919年)。右大臣の身から左遷され、延喜3年(903年)にこの地で薨去した菅原道真の墓所の上に社殿が建てられたことに始まる。遺骸を載せた牛車が動かなくなった場所に葬ってほしいという道真の遺志を汲み、その場所に御神霊が祀られた。
現在の御本殿は、戦国時代の動乱で荒廃した社殿を、天正19年(1591年)に筑前国主・小早川隆景が豊臣秀吉の命を受けて再建したものである。小早川隆景は毛利元就の三男として知られる知将であり、この再建は単なる修復ではなく、桃山時代の建築様式を体現した豪壮華麗な造りとなった。

本殿は五間社流造、檜皮葺の建物で、正面に大きな唐破風の向拝が一間、左右両側にも唐破風の車寄せが付けられている。「もや」と呼ばれる建物中央には御神体が二重の板壁で囲われ安置されているという。前面庇部分と唐破風には桃山時代特有の豪華絢爛な造りが施され、極彩色の彫物が美しい。
檜皮葺きの大屋根には反りのある流造の意匠が用いられ、建物全体に重厚な威厳を与えている。明治40年(1907年)に古社寺保存法に基づく特別保護建造物に指定され、昭和25年(1950年)の文化財保護法施行に伴い重要文化財となった。昭和41年(1966年)には棟札9枚と板札2枚が重要文化財の附として指定されている。
藤本壮介が描いた「飛翔する森」
太宰府天満宮では、菅原道真公の命日にちなんで25年ごとに式年大祭を執り行っている。令和9年(2027年)は道真公が薨去してから1125年という大きな節目を迎える。この節目となる式年大祭を前に、令和5年(2023年)5月より約3年間をかけて、本殿の檜皮の葺替え、漆塗りなどを中心に防災工事も含めた大改修が実施されることとなった。本殿再建以来初めてとなる長期間の修理である。

この改修期間中、御祭神の御神霊を仮安置するために設けられたのが「仮殿」だ。設計を担当したのは、世界的に活躍する建築家・藤本壮介率いる藤本壮介建築設計事務所である。藤本は大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーも務める現代建築界の旗手として知られている。
仮殿のデザインコンセプトは、「太宰府天満宮周辺に広がる豊かな自然が御本殿前に飛翔し、仮殿としての佇いを作り上げる」というもの。これは太宰府に古くから残る飛梅伝説——道真公を慕う梅の木が一夜のうちに京都から太宰府まで飛んできたという伝説——から着想を得たものである。
仮殿の最大の特徴は、お椀のような曲面の屋根に植物を載せるという大胆な構成にある。梅の木をはじめとする天満宮周辺の植物が屋根に軽やかに舞い、道真公のための「森」を創り上げている。屋根の植栽計画はランドスケープデザイン会社SOLSOが担当した。
構造と空間の妙技
仮殿の構造は鉄骨造、平屋建て。曲面の屋根がそのまま内部の天井の曲面となり、伝統的な神社建築とは異なる連続した空間を生み出している。
内部には丸い天窓を設け、そこから空だけでなく屋根の上の森が見えるように設計されている。天井は現代的なルーバーのようなデザインを採用しながらも、御本殿の垂木を想起させる意匠となっており、伝統と現代の対話が試みられている。
靴を脱がずに建物の中に入れる設計となっており、スロープも設けられているため、年配者や子ども連れの参拝者にも配慮したユニバーサルデザインとなっている。これは御本殿とは大きく異なる点であり、より多くの参拝者を受け入れる現代的な配慮が施されている。
境界を示す御帳や几帳は、ファッションデザイナー・黒河内真衣子が主宰するMame Kurogouchiが手掛けた。飛梅をはじめとした境内各所でスケッチした梅の木をモチーフとし、草木染色などの古来の技法と現代の織機を融合させた生地が用いられている。
時間とともに変化する建築
仮殿の屋根に植えられた植物は、季節や天候によって様々な移ろいを見せる。2023年5月の完成当初は初々しい新緑だった屋根の森は、2024年時点ではかなり成長し、境内東側の山々と緑が連なる風景を作り出している。

藤本壮介自身は「1100年以上の歴史に現代建築が応えられるのかという大きな問いを前にして、自分の持つ全てを振り絞って設計にあたった」とコメントしている。3年という限られた期間ではあるが、飛梅伝説や歴史と繋がり、美しく豊かな自然を感じられる風景を目指したという。
この仮殿は2024年に開催された第1回「みんなの建築大賞2024」のノミネート作「この建築がすごいベスト10」にも選ばれ、建築界からも高い評価を得ている。なお、育った樹木は解体後も境内に移植される予定とのことで、3年間の記憶は新たな形で天満宮の歴史の一部となる。
心字池と志賀社——境内に残る歴史
境内には二つの池泉庭園がある。一つは6月にハナショウブが咲き誇る「菖蒲池」、そして社殿から真っすぐの場所に位置する「心字池」である。心字池は江戸時代以前の絵図にも描かれた神苑で、太鼓橋が架けられている。
心字池の中島に建つ太宰府天満宮末社志賀社本殿は、室町時代の長禄2年(1458年)の建立と伝わる、太宰府天満宮に現存する最古の建造物である。繊細な組物が美しい上品な一間四方の小建築で、御本殿よりも古く、国の重要文化財に指定されている。室町中期と桃山時代の建築様式の違いを比較できる好例といえるだろう。
梅の名所としての太宰府
境内には約6000本の梅が植えられており、偕楽園や北野天満宮と並ぶ梅の名所として知られている。その由来は「種梅記の碑」に記されており、梅は観賞用としてだけでなく、実を梅干しにして戦に役立てるという実用的な目的も持っていたという。
2月下旬から3月上旬にかけて「水戸の梅まつり」ならぬ「梅まつり」が開催され、満開の梅に囲まれた社殿の風景は圧巻である。本殿前には御神木の「飛梅」が立ち、道真公を慕って京都から飛んできたという伝説を今に伝えている。
アクセスと見学情報
公共交通機関でのアクセス
西鉄電車利用
- 西鉄天神大牟田線「西鉄二日市駅」で太宰府線に乗り換え
- 西鉄太宰府線「太宰府駅」下車、徒歩約5分
博多駅から
- 福岡市営地下鉄七隈線で「薬院駅」へ
- 西鉄天神大牟田線に乗り換え「西鉄二日市駅」へ
- 西鉄太宰府線に乗り換え「太宰府駅」下車
- 所要時間:約50分
直行バス
- 博多駅・福岡空港から太宰府ライナーバス「旅人」が運行
- 所要時間:福岡空港から約25分
車でのアクセス
- 九州縦貫自動車道「太宰府IC」から約10分
- 九州縦貫自動車道「筑紫野IC」から約15分
駐車場情報
太宰府天満宮には参拝者専用の無料駐車場はなく、周辺の有料駐車場を利用することになる。
太宰府駐車センター
- 所在地:福岡県太宰府市宰府1-12-8
- 収容台数:普通車850台、大型・マイクロバス26台、バイク15台
- 営業時間:8:00〜17:00(年中無休、年末年始は延長営業)
- 料金:普通車500円(1回)、大型バス2,000円、マイクロバス1,300円、バイク250円
- 天満宮まで:徒歩約8〜10分
- 特徴:最大規模の駐車場。参道を楽しみながらアクセス可能
太宰府パーキング
- 所在地:県道35号線沿い(西門より徒歩約3分)
- 収容台数:普通車48台
- 営業時間:8:00〜17:00
- 料金:最初の1時間400円、以降30分毎に100円
- 天満宮まで:徒歩約3分
奥苑駐車場
- 天満宮まで:徒歩約2分
- 料金:1回500円(時間無制限)
- 特徴:本殿裏手の穴場駐車場。約100台収容可能で比較的空いている
その他、周辺には民間の時間貸駐車場が多数存在する。平日は1時間200円、土日祝は30分200円が相場。観光シーズンや年末年始、受験シーズンは混雑が予想されるため、早めの到着または事前予約がおすすめ。
開門時間
- 春分の日〜秋分の日前日:6:00開門
- それ以外の期間:6:30開門
閉門時間
- 4月・5月・9月〜11月:19:00
- 6月〜8月:19:30
- 12月〜3月:18:30
※年末年始は12月31日6:30より正月三が日は24時間開門
伝統と革新が交差する聖地
430年前に小早川隆景が手がけた桃山建築の本殿。そして現代建築家・藤本壮介が3年間限定で創造した仮殿。太宰府天満宮は今、異なる時代の建築が並び立つ稀有な空間となっている。
檜皮葺きの重厚な屋根と極彩色の彫物が美しい御本殿は、桃山時代の豪華絢爛な様式を今に伝える。一方、曲面の屋根に森を載せた仮殿は、飛梅伝説という神話を現代建築の言葉で語り直している。
1100年以上の歴史を持つ聖地で、現代建築がどのように伝統と対話するのか。その答えの一つが、ここ太宰府天満宮の仮殿に示されている。2026年の本殿改修完了まで、この二つの建築が並び立つ姿を見ることができるのは、まさに今だけである。
福岡を訪れる機会があれば、ぜひ太宰府天満宮に足を運んでいただきたい。桃山建築の格調高い美しさと、現代建築の実験的な試み。そして、季節とともに成長する屋根の森。時代を超えた建築の対話に、きっとあなたも心を動かされるはずだ。
太宰府天満宮 基本情報
- 所在地:福岡県太宰府市宰府4丁目7-1
- 創建:延喜19年(919年)
- 御祭神:菅原道真公
- 本殿再建:天正19年(1591年)
- 再建者:筑前国主・小早川隆景
- 構造:五間社流造、檜皮葺
- 指定:国の重要文化財(昭和25年)
- 仮殿設計:藤本壮介建築設計事務所
- 仮殿完成:令和5年(2023年)5月
- 仮殿使用期間:2023年5月〜2026年(予定)
- 開門時間:6:00〜6:30(季節により変動)
- 閉門時間:18:30〜19:30(季節により変動)
- アクセス:西鉄太宰府線「太宰府駅」から徒歩約5分
- 駐車場:太宰府駐車センター(普通車500円/1回)ほか周辺に多数
- 問い合わせ:092-922-8225(太宰府天満宮)
- 公式サイト:https://www.dazaifutenmangu.or.jp/


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