横須賀の海に面した三笠公園、その中央に静かに佇む巨大な戦艦がある。記念艦「三笠」。日露戦争の日本海海戦で連合艦隊の旗艦として活躍し、今も当時の姿を留める世界最古級の鋼鉄戦艦だ。この艦は単なる軍艦ではなく、明治期の造船技術の粋を集めた建築物として、また激動の歴史を体現する構造物として、今日まで保存されている。
イギリス最高峰の造船技術が生んだ戦艦
戦艦「三笠」は、明治35年(1902年)にイギリスのヴィッカース社バロー造船所で建造された。起工は明治32年(1899年)1月24日、進水は明治33年(1900年)11月8日、そして明治35年3月1日に竣工した。
当時の日本には大型戦艦を建造する技術がなく、「六六艦隊整備計画」の最終艦として、日本政府はヴィッカース社に建造を委託した。ヴィッカース社は19世紀から20世紀初頭にかけてイギリス最高峰の造船技術を誇った企業で、後に巡洋戦艦「金剛」の建造においても日本に広範な技術供与を行い、日本の造艦技術の発展に大きく貢献した。
建造費用は船体が88万ポンド、兵器が32万ポンド。全長131.7メートル、幅23.2メートル、排水量約15,140トン、主砲には口径30.5センチ(12インチ)の連装砲を2基(計4門)を備えた、当時世界最大級・最先端の性能を誇る戦艦として誕生した。

構造面では、鋼鉄製の船体に直立三連成汽機2基、ベルビル罐(ボイラー)25台を搭載し、馬力15,000、速力18ノットという高性能を実現していた。乗組員は756名。艦名は奈良県の三笠山(春日山)に因んで命名され、船籍港は京都府舞鶴市の舞鶴港とされた。
記念艦としての保存と復元の歴史
日露戦争終結後、「三笠」は明治38年(1905年)9月11日、佐世保港内で後部弾薬庫の爆発事故により沈没する。この事故で339名もの尊い命が失われたが、その後引き揚げられ、修復されて再び現役に復帰した。
大正11年(1922年)、ワシントン海軍軍縮条約が締結され、艦齢の古い「三笠」も廃艦が決定された。しかし、日露戦争の勝利に貢献した戦艦として国内外から保存を望む声が高まり、条約調印各国の同意を得た上で、大正14年(1925年)1月に記念艦として保存することが閣議決定された。


保存工事は大正14年6月18日に開始され、艦首を皇居に向けた後、船体の外周部に大量の砂が投入され、下甲板にコンクリートが注入された。この処置により、「三笠」は海に浮かぶ船ではなく、海底に固定された構造物となり、現役艦として二度と使用できない状態が確保された。工事は大正15年(1926年)11月11日に完了し、翌12日に保存式が執り行われた。
第二次世界大戦後、「三笠」は連合国軍により兵装を撤去され、一時は荒廃が進んだ。昭和30年(1955年)、イギリス人貿易商ジョン・S・ルービン氏がその惨状をジャパンタイムズに投稿し、国内外で大きな反響を呼んだ。また、アメリカ海軍のチェスター・ニミッツ元帥が著作の印税を寄付するなど、復元運動が高まった。
昭和33年(1958年)11月、三笠保存会が再興され、会長に渋沢敬三氏、副会長に伊藤正徳、石坂泰三、澤本頼雄の各氏、理事長に岡崎嘉平太氏が就任。全国的な規模で復元運動が展開された。内外の募金1億6千万円、国の予算9千8百万円(米海軍の2千4百万円を含む)により復元工事が実施され、昭和36年(1961年)5月27日、「三笠」は往時の姿を取り戻した。
建築的特徴と構造美
艦内に足を踏み入れると、まず目を引くのが建造当時から残るチーク材の床である。無線電信室出入り口付近に残されたこの床板の上を、かつて東郷平八郎元帥が実際に歩いたとされている。堅牢なチーク材は120年以上の歳月に耐え、今も当時の姿を留めている。

露天艦橋は、日本海海戦で東郷平八郎が指揮を執った場所として特に重要である。ここには艦長の伊地知彦次郎をはじめとする乗組員が配置され、歴史的な「T字戦法」による戦闘が展開された。艦橋からは横須賀港や東京湾、そして猿島の景観が一望でき、当時の指揮官たちが見た海の眺めを体感することができる。



艦内には15センチ砲室や無線電信室が実物大で復元され、乗組員が操作する様子が展示されている。砲塔や煙突、マストなどは戦後に複製されたものだが、主砲は鉄製で砲塔と一体化し、砲身の下から支柱で支持されるなど、実物の迫力を伝えている。
特筆すべきは、復元に際してアメリカ軍が撤去した長官室のテーブルなど、記録が残っているものがほぼ全て返還されたことである。さらに昭和33年(1958年)にチリ海軍の戦艦「アルミランテ・ラトーレ」が除籍され、日本で解体された際、同じくイギリスで建造された艦であったため、チリ政府より部品の寄贈を受けるという幸運にも恵まれた。



世界三大記念艦としての価値
現在「三笠」は、イギリスのポーツマスに保存されているネルソン提督の旗艦「ヴィクトリー」、アメリカのボストン港に保存されている「コンスティチューション」と並び、世界三大記念艦の一つに数えられている。特に「三笠」は、世界で現存唯一の前弩級戦艦として、海事史上極めて貴重な建築遺産となっている。


戦艦としての本来の機能は失われたものの、鋼鉄製の船体構造、蒸気機関の配置、砲塔の設計など、明治期の最先端造船技術を今に伝える「建築物」としての価値は計り知れない。日本が近代国家として歩み始めた時代の技術水準と、それを支えた国際協力の歴史が、この構造物には刻まれている。
アクセスと観覧情報
記念艦「三笠」は、横須賀市稲岡町の三笠公園内に静態保存されている。公園は「日本の都市公園100選」「日本の歴史公園100選」にも選ばれた横須賀を代表する公園だ。
電車でのアクセス
京急本線「横須賀中央駅」東口から徒歩約15分。駅からは平坦な道のりで、途中にはどぶ板通りなど横須賀らしい街並みを楽しむことができる。
また、JR「横須賀駅」から京浜急行バス三笠循環「三笠公園」バス停下車すぐ。ただし、三笠循環バスは一方向のみの運行で本数が少ないため、事前に時刻を確認することをお勧めする。
車でのアクセス
横浜横須賀道路「横須賀IC」から本町山中道路を経由し、国道16号線に合流。「三笠公園入口」交差点を左折し、突き当たりを右折。所要時間は約10分。
駐車場情報
三笠公園駐車場(有料・機械式)
- 台数:普通車33台
- 供用時間:3月~11月 7:30~21:30、12月~2月 8:30~20:30
- 料金:最初の1時間まで420円(以後30分毎に210円加算)、2時間を超える場合1時間毎に100円加算
- 自動二輪車(125cc以下)は公園入口付近に無料駐輪可能
大型バス用駐車場 三笠公園内に大型車専用駐車場はないため、いちご よこすかポートマーケット駐車場(有料・要予約 TEL:046-823-1015)を利用。
駐車場は台数が限られているため、週末や観覧の際は公共交通機関の利用を推奨する。
観覧情報
- 観覧料:大人600円、高校生300円、小・中学生無料、65歳以上500円
- 開艦時間:
- 4月~9月 9:00~17:30
- 3月・10月 9:00~17:00
- 11月~2月 9:00~16:30
- ※入艦はいずれも閉艦30分前まで
- 休艦日:12月28日~31日
- 団体割引:20名以上で大人・シニア500円、高校生200円
- 問い合わせ:(公財)三笠保存会 TEL:046-822-5225
障害者手帳をお持ちの方は駐車料金が免除される。ゲート清算機に設置されたインターホンで係員を呼び出していただきたい。
周辺施設
三笠公園内には「水と光と音」をテーマにした音楽噴水(※設備老朽化により令和5年7月運転終了)や壁泉、高さ18メートルの平和のアーチがあり、公園としても楽しめる。また、三笠桟橋からは東京湾唯一の自然無人島「猿島」への船便が出ており(約10分)、記念艦三笠の観覧券を提示すると乗船料の割引が受けられる。

徒歩3~4分の場所にはよこすかポートマーケットもあり、横須賀グルメやお土産の購入にも便利だ。
明治の技術遺産が語る歴史
イギリスの造船技術者たちが設計し、職人たちが組み上げた鋼鉄の船体。日本海海戦で東郷平八郎が立った艦橋の床板。そして戦後の混乱を経て、国内外の支援により復元された兵装の数々。記念艦「三笠」は、一つの構造物の中に、明治から現代へと続く日本の近代化の歴史が凝縮されている。
三度の大きな危機(沈没、廃艦決定、戦後の荒廃)を乗り越えながら、この艦は今日まで保存されてきた。それは単なる軍事遺産ではなく、日本が近代国家として歩み始めた時代の技術水準と、国際協力によって成し遂げられた造船の成果を伝える、貴重な建築遺産なのである。
横須賀を訪れる機会があれば、ぜひ三笠公園に足を運んでいただきたい。鋼鉄の船体が語る明治の造船技術と、120年の歳月を経てなお残る構造美に、きっと心を動かされるはずだ。
記念艦三笠
- 所在地:神奈川県横須賀市稲岡町82-19
- 建造年:明治35年(1902年)3月竣工
- 建造所:イギリス ヴィッカース社バロー造船所
- 起工:明治32年(1899年)1月24日
- 進水:明治33年(1900年)11月8日
- 構造:鋼鉄製、排水量約15,140トン、全長131.7m、幅23.2m
- 記念艦指定:大正14年(1925年)1月閣議決定
- 復元完成:昭和36年(1961年)5月27日
- 指定:世界三大記念艦、日本の歴史公園100選(三笠公園)
- 観覧料:大人600円、高校生300円、小・中学生無料
- アクセス:京急横須賀中央駅東口から徒歩約15分
- 駐車場:三笠公園駐車場(有料・機械式33台)
- 問い合わせ:(公財)三笠保存会 TEL:046-822-5225


コメント